2011年1月8日土曜日

仕事に対する姿勢

2010年の年末は家族で縁もゆかりもない千葉の鴨川に3泊4日の旅行に行って来ました。ソフトバンクの電波も届かない海沿いの安い民宿に泊まり、地元の観光スポットに行ったり温泉に入ったり地元の海産物にウホウホしたりと俗世から離れまくったハイパーリア充な数日を送っておりました。晦日の夜も平常通り子供を寝かしつけてたので紅白すらちゃんと見てません。AKBが大活躍してるのをチラッとみたくらい。

元旦にTwitterでバズってたのでたまたま見たニュースでは「グルーポンのおせち事件」。その時は写真を見てフイただけだったけど、その後ニュースに取り上げられるわ顛末をまとめて投稿されている記事もあるわでなかなかに世間をホットにしていたようで。
方や西日本では山陰から関西にかけて大雪で大変な年越しを過ごされた方もいらっしゃったりして、それに比べてまぁなんとも平和な年末年始を過ごしたもんだと思います。


で、年末年始世間を賑わせたさっきの2つの出来事「おせち」と「豪雪」を比較して思った事。

■おせち事件
仕入れの不手際、「生モノの通販」に対する経験値が少ない上に人的コストをはじめ追加コストを見誤った事、配属スタッフの倫理観(ここは何とも言えんけど、少なくともネットで見た写真を見る限りでは疑わざるを得ない)などなど「人的」問題が奇跡的に多い。

■年末年始の豪雪

何時間も車が立ち往生した最中ポプラの配達員が対応した食料の救済(地元住民の人も助けに入った話もあったり)、スリップした車の救済などなどは大勢の人間が大変な状況に陥った中で自然に生まれた、まさに「助け合い」。これも「人」によって生まれたもの。みんな「誰かが助けてくれる」と思っていたらもっと「すごい事故」になっていたと思う。

この二つの出来事を比較して、どちらも「人」の要素が非常に大きいと思った方もいらっしゃったかと思います。と言っても「どんな事でも“人”が一番重要ってんな事わかっとるわい。」というツッコミもあるかと思いますが。
話飛ぶけど「マーケティング3.0」の話でもあるように「共感されない企業は淘汰される」というのはまさにこの話にも繋がる所があり、従来は機能や価格で差別化できていたものが市場が成熟するにつれ機能や価格での差別化が困難になり、販売手法や様々なプロモーションによって市場シェアを争う状況が出来上がる。それがマーケティング2.0の後半になり、さらにソーシャルメディアの台頭によって生活者同士の情報交換がより加速化され、「作られた企業のメッセージ」が届かなくなってくる。そのような状況下で次に取り組むべき差別化の要素が「共感」という人の心理によって生まれる事なんだというのが3.0の世界みたいな(という解釈ですが違ってたらスミマセン)。

共感を生むにはいかにして「人と関わっていくか」という姿勢が大事になるわけだけど、企業においてその姿勢を左右するのは理念やビジョンを持ち、現場スタッフの行動や振る舞いにどこまで浸透しているかとかとかというかなり上位の話になってくる。理念浸透の大変だとかいう話もとりあえず置いといて。

ただ、私には年末年始のこの2つの出来事と「理念」の話が繋がるのをものすごく感じたわけで、前者の件が何故あのような「事件」になってしまったのか。後者の出来事は何故みんなで助け合えたのか。前者への言及は色んな所で書かれているので割愛するけど、後者に至ってはその場に居た人達の社会的な理念=倫理や道徳によって生まれたものだというのは分かりやすい事実だと思う。


個々の仕事において会社の理念を反映させるのは正直困難極まる。だって理念と実務ってかなり遠い存在。ウェブ制作に例えれば、トラディショナルなHTMLコーディングしてるときにセマンティックWebとHTML5の話を持ち出しても「いやいやいやいや今その話違うし。」となる。例えが分かりにくいだろうけど。まぁ個々仕事の詳細に理念を持ち出すと脱線するわけだけど、この理念や倫理といった概念階層の思考を頭の片隅に置いているか置いていないかというのは、長期的に見て非常に大きな差を生み出すと思っているわけで。

思考は言葉に繋がり、言葉は行動に繋がり、行動は運命に繋がる。
理想論なんだろうけど、理想が無いのに「実現」するはずもない。

そんな感じで2011年ことよろってわけで。